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2008年5月17日 (土曜日)

王妃との賭けに勝った庭-バガテル庭園

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 バガテル庭園-Parc de Bagatelle
ブローニュの森の中にある庭園です。アクセスは、メトロ1番線ポルト・マイヨーからバス244。または、メトロ1番線ポン・ド・ヌイイーからバス43
(写真は、2007年6月と7月に撮ったものです。)
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Grille de Sevresの入り口を入って左手に、Chateauが見えます。
 バガテル庭園は、1720年、騎士マルセル・デストレが小さな館を建てたことに始まります。この館はその後すぐに豪華な城に建て替えられました。(写真の城が、その城かどうかはわかりません。)
 もともとブローニュの森は王家の狩猟場。1770年、ルイ16世の弟アルトワ伯の狩猟頭、シメイ伯爵がこの城を購入すると、狩の時の休憩所や催し物の会場として使われるようになりました。
 そして1775年には、アルトワ伯がこの地所を買い取り、整備し始めました。P1080286jpgp
 アルトワ伯と言えば、王妃マリー・アントワネットの遊び相手としも名前の挙がる人ですが、この二人の間で「どのくらいで城を造れるか?」という賭けをしたそうです。

 アルトワ伯は、僅か64日で城と庭園を造り、マリー・アントワネットとの賭けに勝ったとか。

 この時、16ヘクタールの地所のうち10ヘクタールを庭園にしましたが、その時の造園家がスコットランド人のトーマス・バルキーです。P1080299p
 彼は、モンソー公園も設計している造園家ですが、この地に当時流行していた「中国風イギリス庭園」造りました。P1080291jpgp
 私は、庭園の歴史に詳しいわけではなく、また、バガテルは革命後売却されていろいろ人の手に渡り、建物を新しく造ったり、庭園を新たに加えたりしているので、どの部分がその時のオリジナルかよくわからないのですが・・・。

 でも、マリー・アントワネットがプチ・トリアノンに王妃の庭を造り、それが自然回帰をテーマにしていたように、こちらも、自然な感じのするイギリス式庭園だったようです。そこに、中国風を取り入れるのが当時の流行りだったとか。


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 今でも、池があり、小川の流れる気持ちの良い庭園です。P1080289p
 孔雀もゆったりと自由に歩き回っています。P1080226p
 革命後、いろいろな人の手に渡っていたバガテルですが、1905年、パリ市が購入し管理することになりました。
 造園家ジャン・クロード・ニコラス・フォレスティエの設計によりバガテルは現在に至ります。
 
 バガテルと言えば、バラ園が有名ですが、こちらも1905年に整備されました。この時、このバラ園に1,300種、8,500本のバラが植えられたということです。P1080236jpgp
 1907年には、Un concours international de roses noubelles(バラの新種の国際コンクール)が開催され、現在まで毎年開かれています。

 シーズン中、バラの新種が植えられ美しさを競っています。
 7月に私が行ったときも、メモやボードを手にした人々が熱心にバラを見ていました。P1050839p
 バラ園の眺めをいくつか。P1050840jpgp P1080246jpgp P1080227jpgp_3

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 晴れた夏の日は、どこを見ても美しいバラ園です。

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 私は、この写真がお気に入り。
木に絡ませた白いバラ。こんな風に、木に絡ませてバラを咲かせることが出来るんですね。

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コメント

はじめまして。
伊豆半島の河津町に「河津バガテル公園」という公園があるのですが、パリの公園を模したと聞き、検索していてこちらにたどり着きました。happy01
オランジェリーや時計のある建物、キオスクなどの本家バガテル庭園の写真が見られ、とても参考になりました。ありがとうございます。
ご闘病中と拝見しましたが、お体はいかがでしょうか。頑張ってください。wink

投稿: みんち | 2009年3月18日 (水曜日) 11時52分

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