散歩道

2008年6月 6日 (金曜日)

ブローニュの窓

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 フランスから船便2便が先週の土曜日に届きました。まー毎度のことで、家の中はいまだにダンボールの山です。(とほほ・・・)ダンボールの梱包を開けては、ゴミ袋を作り、マンションの裏のベランダには、ダンボール、梱包材料、ゴミ袋、陶器ゴミ、金属ゴミがそれぞれ回収を待っている状態で・・・。
 6年近くの海外生活から帰って、まず捨てたのは、食器類。無駄な食器がいかに多かったか。船便が届かない間の必要最低限な家財道具の生活で、食器は必要以上はいらないものなのだと、つくづく思った。
 それから、調理道具。鍋も使いきれないほどはいらないものなのだ。ボール類や、ざるも必要な数だけ台所に置いて、後は、ダンボールに入れて保存。また、移動があったときに使えるように。
 書籍類は、本棚を買わないと収めようがないので、いまだに壁際に積んであります。この、ダンボールの山を見ていると気が滅入るのよね。

 毎日整理ばかりしているのも疲れてしまうので(私は整理整頓が不得意です)、フランスの爽やかな(?)写真を・・・。
 冒頭の写真は、ブローニュの森のバガテルの建物の窓。何がどうだと言われても困るのだけど、白い窓枠に白い花。緑の葉。土色の植木鉢。三色に色の使い方を抑えているところにむむ・・・と思ってしまった。日本でこれだけストイックな色使いをするだろうかって・・・。
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 ブローニュの街でよく見かける窓。こちらは冬の寒い時期に撮ったものなので、花があんまり咲いていないけれど、黒いバルコニーは外から見ても中から見ても綺麗に見える。
 白い窓枠に、黒いバルコニーは、花や緑を少しだけ置いても綺麗に映えるのではないだろうか。

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 こちらは、一戸建てのお宅の窓。フランス人てシンメトリーが本当に好きなのね、と思ってしまう。
 バルコニーの手すりにかけたプランターと、下に置いたプランターがきっちりシンメトリーになっています。花自体の手入れは悪そうなのだけれど、何気に綺麗に見えるところがいいかな。
 手抜きしても、綺麗に見えるバルコニーのお手本。

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 レンガや石造りの建物の多いブローニュの街では、ちょっと珍しい木組みを使っているお宅。
 やはりシンメトリーなのですが、左右で色使いを反転してあるんですね。

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 建物に、レンガで模様が施してあります。ブローニュの街を歩いていると、こういう建物があちこちにあります。建物に全然詳しくないので、建てられた年代などは分かりませんが、古いものなのかな・・・。
 どうして、レンガで模様を入れてあるのかはわからないけれど、路行く人の目を楽しませますね。

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 こちらも、細かくレンガで模様が入った建物。こういう色合いは、緑が映えますね。

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 こちらは、パリ市内で見たバルコニー。隣の窓との境も、大変凝った装飾がしてあります。実用的かどうかはわかりませんが、見る人を楽しませるでしょう。

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 バルコニーのバリエーションその2。

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 その3。
こんな風に装飾を入れるのは、国民性の違い?それとも、建物に対する考え方の違い?住み方の違いなんだろうか・・・。
 日本の古い建物も、ちょっとしたところに装飾が入っているものだけれど、今建てられている家でもビルでも、マンションでも遊び心のある装飾を入れているものは少ないように思う。
 何かの役にすごく立つ訳ではないけれど、路行く人の目には楽しいものだけれど・・・。

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2008年5月21日 (水曜日)

ブローニュの街角の花々-Villa

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 フランスの写真を整理していると、何でこの風景をしつこく撮っていたんだろうと思うことがあります。この風景もその中のひとつ。
 息子のバスのピックアップポイントから家へと帰る途中にある風景。パリもブローニュも建物は舗道ぎりぎりまで壁があって、入り口があり、窓も通る舗道のすぐ脇という造りが多い。
前庭がある豪華なお宅もあるのだけれど、一般的なアパルトマンや普通の家の造りは、舗道にぴったりと建ち、隣家とも壁がつながっています。(どうやって建てるんだろう?とか、隣との壁の境はどうなっているんだろう?とか、よく不思議に思っていました。)
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 綺麗な街並だけれど、どこか息が詰まりそう・・・と、思っていると、そんな建物の壁が途切れる場所があります。

 Villa-ヴィラと言って、何軒かの家が集まって建っている土地らしく、入り口のアプローチから見える緑が魅力的です。
 ブローニュの街をあちこち歩き回っているうちに目にするこのヴィラは、ブローニュ市がパリに住む富裕層の別荘があったことにも起因するらしいです。

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 パリやブローニュの街は、アパルトマンのバルコニーは花で飾られ、カフェやレストランは舗道に椅子とテーブルを置き、人々はそこで平気で食事をしている。一見、開放的に見えながら、舗道にぴったりと建てられた家々からは、外界を遮断しているような雰囲気も感じられます。
 
 そんな中で、ヴィラのアプローチの緑は、私に人々の生活の垣間見をさせてくれるような、その小道をずっと伝って行きたくなるような気持ちを起こさせたものでした。
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 こちらは、パリ7区の風景。官庁街を歩いてサンジェルマンの方向に歩いていくと、石畳の街が続いています。石に囲まれた路を歩いていると、僅かに見える緑や花がことさらか鮮やかに見えるものですね。
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 こちらは、ホテルの中庭の緑です。

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路地の向こうに小さな広場が見えます。ほっと一息つける休息の場でもあるのでしょう。

 こんな風に、一部だけを見せるのも謎めいていて、余計に想像を掻き立てたり、もっと奥に入ってみたくなるものですね。

 う~ん、まるで恋の手練手管の長けたパリの女性のよう?

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2008年3月31日 (月曜日)

セーヌ河沿いを歩く

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 こちらは、3月25日、帰国する日に空港へ向かうまでの時間をセーヌ河沿いを歩いた時の写真。パリで一番美しい橋、アレクサンドル三世橋。宿泊していたのがノボテルだったので、セーヌ河左岸を河に逆行するようにオルセー美術館まで歩いてみました。所要時間は約1時間。

 私が散歩している間、子供達には住んでいたアパートの掃除に行かせた。(お昼代は渡しておいた。)
 実はこの前日、私はわあわあいろいろな我儘を言う子供達にキレてしまって「私はひとりでゆっくりホテルの朝ごはんを食べてパリを歩きたい。」と宣言したのだ。まあ、海外引越しと、その後の家の後片付けと掃除でお互い疲れてたんでしょうけど。(子供達ももちろん働かせた)
 私は、国内引越しの経験も2度あるけれど、海外引越しの方が遥かに大変です。さらに言うなら、シンガポールなどの比較的日本から近い国よりヨーロッパ等の遠い国からの引越しの方が大変になる。なにせ、シンガポールからは船便が1ヶ月から1ヶ月半で届くのに対して、フランスからは2ヶ月は見ないといけないから。
 一応、お任せパックということになっているけどれ、全部お任せ出来るわけではないし、フランスの場合は家電と家具は全部自前だったので、帰国売りでさばかねばならなかった。引越しの当日も引取りに来る人の応対や、配送をお願いした運送会社の応対で結構気を遣うものなのだ。
 運送会社が荷物を全部家から運び出したからと言っても、引越しがそれで終わったわけではない。それから、運びきれなかったものの後始末(案外沢山ある)と掃除(あんまり汚いとペナルティを取られるから)があるのだ。
 キレてみて気が付いたのだが、この一年間の子供達のストレスもかなりのものだったのだろうということだった。だって、よく考えてみればホンの些細なことでわあわあ言っているのだ。ただ単に、朝食のブュッフェにご飯がないとか(和食党の下の息子も無ければ無いで洋食も結構楽しんで食べるのだ)、お気に入りのテレビ番組が見られなかったとか、疲れるつか、つまんないとか・・・。
 住み慣れたシンガポールから馴れないパリに来て一年したらまた日本、という子供達の不安やストレスも分からないわけではないが、そうそう我儘ばかり言われているとこちらも我慢の限度があるのだ。
 ぐうぐう寝ている子供達を置いて、私は夫と優雅(?)に朝食をとり、夫は仕事、わたしは散歩に出ることにした。朝ごはんを食べたければ、時間までに起きて支度して、自分でレストランに行きなさい、というわけです。

 
P1120102p さてさて、
 「セーヌ河沿いを歩いて御覧なさい。メトロに乗るよりずっと楽しいわよ。」と、フランス語のO先生に勧められていたっけ、思いながらそぞろ歩く。
 対岸は、ただの河沿いの遊歩道だけれど、こちら側はアンヴァリッドの付近までこんな風に広場を作り、花壇を作ったりベンチをあちらこちらに置いてあったり。
 テイクアウトのサンドウィッチを買って、河を眺めながらランチしてもいいよね~。



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 エッフェル塔の前をてくてく。春の花とエッフェル塔の組み合わせ。

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 遊歩道の花壇にも春の花が咲いています。

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 上の写真の奥の建物と、こちらはケ・ブランリー美術館。私の好きな建物のうちのひとつ。

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 ケ・ブランリー美術館の角。手前の男の人の乗っている自転車は、パリの街角に設けてある貸し自転車。便利だそうで、あちこちで乗っている人を見かけます。

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 冒頭のアレクサンドル三世橋を渡るところ。有名でしょっちゅう脇を通るのに、歩いて渡ったことが無かったのです。

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 この橋は、1900年にロシア皇帝から寄贈されたそうです。

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 これでもかというくらい、華麗な装飾。

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 アレクサンドル三世橋から、グラン・パレを見たところ。













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 こちらは、反対側のプティ・パレを見たところ。



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 アレクサンドル三世橋からセーヌ河とは反対方向を見ると、アンヴァリッドが見えます。

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 セーヌ河の遊覧船。遊覧船を出している会社はいくつかあリます。バトー・ムーシュが有名かな。実は新婚旅行のときは、バトー・ムーシュのディナーを頂いた。気を利かしたつもりなんだろうけれど、日本人のOLグループの隣のテーブルに案内されて、服装とかしっかり値踏みされた記憶があります。変なことを言われたわけじゃないけれど、しっかり聞こえるものなんですよね。
 私も、これからグループで食事する時等は気をつけよう・・・今さら思ったりして・・・。
 観光用の橋をめぐり、シテ島まで行って戻ってくる遊覧船もあります。
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 やっと、オルセー美術館の前へ。最後にちょっと絵を見て行きたかったのですが、凄い行列であきらめました。
 待たないで入館したかったら、フナック(書籍と電化製品、CD、DVDを売っていて、チケットカウンターもある)で、チケットと予め買うといいそうです。チケットは入館する日と時間を決めて買います。

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 オルセー美術館の近くの橋。地図には、Passerelleと記してあります。この橋の形はとっても面白い。立体的に造ってあって、上の道路とセーヌ河岸と両方へ行けます。
 独特の橋の形のためか、よく橋の上で記念写真を撮っています。
 
 下をくぐっていくと、セーヌ河岸にでて、そのまま階段を上ると、チュイリュリー公園です。

P1120139p_2 河岸からオルセー美術館を見上げたところ。

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 河岸のこちら側。小船が停泊しています。中には、レストランになっている船もあります。


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 チュイリュリー公園の木々にも新緑が芽生えています。

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 池の周りはまだちょっと寂しげ。向こうに見える赤い屋根は、カフェです。

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 オベリスクの前はいつも人だかり。














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 マロニエにも新葉が見られるようになりました。小さな蕾も付いています。もっと暖かくなると花を咲かせるでしょう。

 赤い屋根のカフェで、バゲットサンドを食べて、帰りはRER・C線で帰りました。



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ナンテールの早春

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 お久しぶりのブログの書き込みです。って、前回書き込んだのが1月で、今はもう3月になってしまった。その間何をしていたのかというと、上の息子の高校受験(帰国受験)でてんやわんやしていました。
 1月12日に、息子を単身日本へ受験合宿に送ってホッとする間もなく、引越しの為の船便第一便を出し、2月には私と下の息子(小6)が日本へ。下の息子は1ヶ月間、日本の公立小学校に体験入学させてもらった。
 下の息子は、昔通った幼稚園のお友達や、お母さん方や、小学校の先生方に親切にしていただいて、とてもよい経験をさせていただいた。4月から地元の公立中学校に通う予定なので、お友達が出来てよかったです。
 その間、上の息子は、本命高校の受験をして、3月3日にフランスへ戻り、3月25日に日本に帰国しました。3月にフランスに戻ってからも、下の息子の学校の謝恩会やら卒業式やら、ダメ押しで引越しで、やっぱり疲れた~、がホンネ。
 この間、息子の学校の手配や、学校説明会に実家の親に出席してもらいました。ありがとうございました。
 というわけで、今は、日本で ブログを書いています。息子の受験中はさすがに、ブログを書く余裕がなかったので、溜めてしまったネタをこれから順次書いていきます。

 冒頭の写真は、ナンテールのセーヌ河沿いをTさん主催のウォーキンググループ「かしまし」で最後に歩いた時に見た虹です。たった1年のフランス滞在だったけれど、TさんやFさんに出会ったこと、一緒に歩いたことは人生の宝です。
 当初は、熱帯のシンガポールから、真冬のフランスに移動して、環境と文化の激変に親子で戸惑っていました。私自身も、狭い日本人社会でなかなかホンネが言いづらい。でも、1年経ってみて、子供達も相当のカルチャーショックを受けていたんだな・・・と、つくづく思いました。
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 下の息子は、しょっちゅう「シンガポールに帰りたい!」と言っていたのですが、上の息子は何にも言わないので、それなりにパリの学校生活を楽しんでいるのかな~と思っていたのですが・・・。
 受験が全て終わって、パリに戻った後、「シンガポールに今行って、ジャパ中(シンガポール日本人学校中学部のこと)の友達に会いたい!」と、息子が言った時はびっくりしました。
 シンガポールに行くことも一時は真剣に考えましたが、学校の先生とも相談して、予定通りやはり家族でパリにいて、旅行をして帰国することにしました。

 上の息子は、帰国した今は、そのうちシンガポールの友達と連絡をとって再び会うことを楽しみしています。
 でも、そうだったんだねー。そういうものだよねー。
考えてみれば、転校して1年で、新しい学校や環境に馴染んで、仲の良いお友達を作って、受験に意欲的に向かえなんて、どこか無理があるよね・・・。おまけに、親でも戸惑う海外だし。結構、無理を息子に言っていたんだな・・・。
 パリ日(パリ日本人学校のこと)には、家の子供達だけではなく、あちこちの国の日本人学校を経験した子が沢山居るけど、そういう子のお母さんが集まると、「同じ日本人学校でもやっぱり違うよね~。」という話になる。日本人学校とはいえ、国が違えば、異文化なのね。考えてみれば当然だけど。
 こういう条件であわただしい学校生活を送り、受験勉強をしていた息子は不安定でかなり心配した。親に容赦なくぶつかってくる息子に頭に来たことも何度もあって、私もそう出来た親じゃないから言い合い、怒鳴りあいにもなったけれど、息子の第一志望の高校に入れてよかった。
 今でも、「大丈夫なんだろ~か。」と思うことがあるし、果たして、こういう時期にフランスに連れてきて良かったのだろうかと思ったこともあったが、担任の先生に言っていただいた、「壁にぶつかることは、人生いつでもありますよ。マイナス面だけでなく、息子さんにとってこれからこの経験が、プラスになることも必ずありますよ。」という言葉を信じていくしかないな~。というより、息子を信じてやるしかないです。
 本当は、人数の少ないクラス(最後には8人!)で、息子がどういう人間関係を持っていたのか、何に悩んでいたのかよくわからないのだけれど、最後は、「やっぱり友達に会いたい。」と言って、学校に行ったのは良かったです。自分が好きだと思える人がいるって、いいものだよね。

 こういう中で、「かしまし」で自然の中を歩いて、ホンネをしゃべって、笑いあった日々は私の本当の息抜きでした。下の息子もS君と歩いて、話して、本当に楽しそうでした。(息子は、S君と日本で再会するのを楽しみにしています。)
 一回しかご一緒に歩く機会が無くて残念だったけれど、ナンテールを一緒に歩いたKさん、Mくん頑張って歩いてね。海外生活のいろいろなことを、自然の中を歩いて、しゃべって、笑って吹き飛ばしていってください。
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 フランスを発った時は春。ちょっと残念でした。

 それから、私がベランダで育てていた植物をTさんが全部引き取ってくださいました。ありがとうございました。

 実は、日本からシンガポールに来た時も、シンガポールを離れる時も、いろいろな方に植物を引きとていただいている。(滞在が短いのだから、植物を育てるのはやめようと思いつつ、やっぱり育ててしまう私・・・。)
皆さま、どうもありがとう。

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2007年12月28日 (金曜日)

12月のシャンゼリゼ大通り

ぺんぎんさん、コメントありがと~!今日は、シャンゼリゼ大通りよ~。P1110134p
 
25日、フランスは何処もお休み。息子の塾もお休み。冬休みは皆さんあちこちヴァカンスに出かけるそうです。(お話を聞いていると、エジプト、スペイン、イタリア、スイスでスキーなどなどとっても豪華!)が、我が家は、どこへも行かないよ~、ということで、シャンゼリゼでも歩くことにしました。
 日頃は車でいっぱいのパリの路地もさすがにこの日は空き空き。でも、シャンゼリゼだけは観光客と我が家のような散歩の人でいっぱいでした。(カフェなどは開いていたけれど、ブランド品店は閉まっています。)
 上の写真は、コンコルド広場の観覧車です。この写真ではお見せできないけれど、この観覧車をまっ二つにするように、オベリスクがそびえています。
 シャンゼリゼ大通りは、このコンコルド広場から、凱旋門までの約2kmの通り。コンコルド広場から西は、チュイルリー公園、カルーゼル凱旋門、ルーヴル宮と続くのですが、いつ見ても感心してしまうのは、凱旋門、オベリスク、チュイルリー公園の噴水、カルーゼル凱旋門が、ビシッと一直線に並んでいること!これぞ、人工美!シンメトリーが好きな、フランスのこだわり!?
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 夕暮れの凱旋門。イルミネーションが点く前は、ちょっと暗い雰囲気。













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 5時を少し過ぎると、クリスマスのイルミネーションが点灯します。通りを歩いている人たちから、「おおっ!」という声が上がります。











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 お店のクリスマスの飾り。














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こちらは、ディズニーショップのウィンドー。








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 ロン・ポワン・デ・シャンゼリゼの4隅には、四季折々で異なった色彩、デザインの花壇が造られますが、このシーズンはツリー。
 










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 ロン・ポワン・デ・シャンゼリゼから、モンテーニュ大通りを見たところ。エッフェル塔が見えます。

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 シャンゼリゼの街路樹のイルミネーションが灯ってから、しばらくすると凱旋門もライトアップされます。
 それで~、大通りの真ん中の人だかりは何かと言うと、写真を撮るために、中央分離帯に立ち止まっている人たちです。横断歩道で、途中まで渡り、中央分離帯で凱旋門方向とコンコルド広場方向を写真に収めるわけで(私もそうやって写真を撮っているのだけれど。)、こういうスポットが何箇所かあります。
 暗くなるに従って、この人だかりは増えて、警官が出動して交通整理をしたり、危なくはみ出して写真を撮っている人を注意したりしてます。
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 凱旋門は、夕暮れ時がきれいだけれど、コンコルド広場の観覧車は日がすっかり落ちてからの方がきれいかも。
 いつもう~むとうなってしまうのは、オベリスクが丁度中心を通るようにに建てられている、大観覧車。こういうのをフランス風エスプリと言うのだろうか・・・。

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2007年12月17日 (月曜日)

ブローニュの12月

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 12月に入り、ブローニュ・ビランクール市もすっかり冬支度、クリスマス・シーズンとなりました。街はクリスマスに近づくにつれ、クリスマス用の飾りでいよいよ賑わってきています。
 冒頭の写真は、マルセル・サンバ(Marcel Sembat)のパン屋さん(Boulangerie)のウインドウー。街角毎にあるパン屋さんのウインドーは、季節毎に飾りつけをしているのですが、クリスマス・シーズンは一段と華やかにお店の個性豊かに飾りつけをしています。
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 今年のこの通りのカラーは、白と青らしいです。パン屋さんも通りのカラーに合わせて、ウインドーを青で飾っているようですね。
 

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 こちらは、Place SambatのRond Point(ロータリー)。例年、巨大なクリスマスツリーを飾るそうです。毎年カラーを変えているそうで、今年のカラーは青です。

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 イルミネーションは通り毎に違います。

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 花屋さんには、クリスマスツリー用のもみの木が並びます。生木というところが豪華に感じます。お部屋に飾ると、もみの木のいい香りがするのでしょうね。
 我が家は、11月に入るとすぐにシンガポールから持って来た、クリスマスツリーを飾りました。
 それを見たフランス語のO先生、
「まあ、クリスマスツリーを飾るのは、普通12月に入ってからよ!」と、一言。
 シンガポールにいた時の習慣で、ハロウィーンが過ぎたらクリスマスツリーを飾ってしまったのですが、カトリックの国フランスでは、そうだったんですね。
 
P1100816  O先生が仰るには、クリスマスの飾りは、だいたいクリスマスの4週間まえの日曜日ぐらいからするそうです。この頃になると、冬至が近付き、夕暮れが早くなって灯火が美しく見えます。
 こういう時期にクリスマスの飾りをして、賑やかにするんですね。









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 ブローニュ・ビランクール市庁舎も、クリスマスのイルミネーションを華やかに飾っています。












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 市役所近くのパサージュ(Passage)-アーケード街-には、屋台が並ぶようになります。












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 メリーゴーランドは、Rond Pointではよく見かけますが、クリスマスシーズンはパサージュにも登場します。
 このメリーゴーランド昼間見ると地味な色合いなのですが、夕暮れから夜に掛けて灯りがつくと華やかになります。









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 ビスケットとショコラ、温めたワインを売る屋台。

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 こちらは、キャンディーとクレープを売る屋台。

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 ランプを売る屋台。
 この他にも、アンティークを売るお店や、サラミやソーセージを売るお店、可愛い小物を売るお店など、様々な屋台が出ています。

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2007年9月13日 (木曜日)

ブローニュ市庁舎の庭

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Jardins de l’Hotel de Ville(市庁舎の庭)
 市民の生活に無くてはならないものは、市役所ですね。今日は、ブローニュ・ビランクール市の市庁舎(Hotel de Ville)の庭をぐるっと一巡りしましょう。
 パリ近郊の市に行って、良く手入れされた庭に囲まれた古い建物を見たら「市庁舎かな?」と思ってみましょう。市庁舎の周りの庭は、日曜日でも開放されていてベンチが置いてあったりします。ブローニュ・ビランクール市の市庁舎は近代的な建物なのですが、周りには市民のための庭が造ってあります。近くにはショッピングモール(フランス語ではパッサージュ-Le passageですね)もあり、商店街が立ち並ぶにぎやかな地区なのですが、市庁舎の庭は四季折々の花々が楽しめる場所になっています。人工の流れも造ってあり、暑い時は子供達が水遊びをしています。木陰のベンチでは、休む人、本を読む人、お昼を食べる人様々です。写真は、市庁舎の裏の入り口の方の庭です。
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 ぐるっとまわって行きます。
ちょっと雰囲気の違った造り。



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 市庁舎の正面玄関の方に出ました。花壇を綺麗に造ってあります。こちらは、季節ごとに花を入れ替えているようです。

正面玄関の両脇には、タイサンボクが植えてあります。


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 市庁舎正面玄関です。階段に置いてある花も、季節ごとに入れ替えているようです。

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 これは、正面玄関の反対側から見たところです。正面から見たところは、バラなのですが、この緑の垣根は何?と思って見たら、ブドウでした。











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 ブドウの実は、もう熟しています。パリ近郊を歩いていると、ブドウがいろいろろなところに植えてあります。日本人の私にはすごく意外。家の壁に這わせたり、垣根の代わりにしたり・・・。住宅街の真ん中にブドウ畑があったりします。さすが、ワインの国・・・。


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 クルミも実っていました。


P1090621jpgp タイサンボクの実もだんだん大きくなってきています。


P1090669jpgp  アトラス・シーダー(Cedrus atlantica)


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日本の桜の木もあります。狂い咲きが一輪咲いていました。

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2007年9月12日 (水曜日)

ナンテールのセーヌ河その2

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 この前の日曜日、いつものようにTさんに誘っていただいて、Fさんと息子さんのS君、Kさん、私と下の息子で、ふたたびナンテール(Nanterre)のセーヌ河岸を歩いて来ました。前回はロワイユール・マルメゾン(Rueil-Malmaison)に向かって歩いたのですが、今回は、反対の方向のコロンブ(Colombes)に向かって歩きました。
 ナンテールは、近代的な商業地区ラ・デファンスあり、パリ第10大学もあるという、近代的な商業地区と文化的なものが両方ある市ですが、この前バレエ漫画の『まいあ』(有吉京子)を読んでいたら、オペラ座バレエ学校もあるのだとか。1987年にパリからナンテールに新校舎を建てて移ったのだそうです。ちょっと見に行きたいかも・・・。
 ナンテールノのセーヌ河沿いも、秋の気配がしていました。
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 こちらでは、バラの実が赤くなっているのを良く見かけます。日本にいた頃、こんなに目についただろうか。多分バラは日本の関東地区で育てるのより、ずっと育てやすいのでしょうね。いたるところに、バラが植えてあったりして・・・。

 これは、セーヌ河沿いの畑の垣根に植えてあったバラです。

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 セーヌ河沿いに、小さく区切った貸し畑がありました。いろいろな人が、思い思いの畑を作っています。こちらは、可愛い案山子さん。

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 河岸に咲いていた花です。名前が分からないのが残念。
 セーヌ河もナンテールまで来ると、パリ市内で見るのとは違った表情を見せてくれます。まず、石の護岸が無いことと、河岸ぎりぎりまで、植物が生えていること。日本のような川原もないです。ちょっと、マングローブ林のように、ぎりぎりまで木が生えています。

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 ゴボウの実が出来ていました。実の周りにとげとげがあって、よくくっつきます。

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 こんな感じにどこでもくっつきます。

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 ススキも生えていました。ちょっと懐かしかったです。自然に生えたのか、植えたのかわかりませんが、この間は近くの公園で花壇にススキが植えてあるのを見て、妙に感心しました。

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2007年9月11日 (火曜日)

コーナー・ハウス

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 この写真は、シンガポール植物園内にあるコーナー・ハウスの写真です。ここに、1929年から1942年まで住んだ植物学者のE.J.H.コーナーのことを調べたくて、halさんに送っていただきました。halさんありがとうございました。コーナーさんのことをいろいろ調べていたら、ブログがお留守になってしまいました。
 コーナーさんは、偉い植物学者ですが、日本ではどちらかというと菌類学の研究家として有名だそうです。コーナーさん論文もたくさん発表しているし、回想録も書いている方なのですが、翻訳ものでも何冊かでています。

「ボタニカル・モンキー 植物の先生猿に助けられる」(八坂書房)
 この本が一番読みやすいくて面白いです。(kさん、この本についてデータを送って井田炊いてありがとうございました。)マレー半島では、ヤシの実を猿に取らせているそうですが、それを見たコーナー先生が、「猿(ブタオザル)にヤシの実を取れるなら、森の高い木の上の花や実も取って来てくれるかもしれない!」と思いつき、ブタオザルを飼って、育てて、森に連れて行き、実際に植物の収集をさせた記録です。コーナーさんの観察力が生きて、ブタオザルとのやり取りがユーモアたっぷりに描かれています。ブタオザルからもいろいろなことを学ぼうとするコーナーさんもすごいですね。

「植物の起源と進化」(八坂書房)
 この本はいわゆる専門書なのですが、コーナーさんによると、ヨーロッパでは五言語に訳されていて、生物とは縁の薄いと思われるような生化学者、法律家、詩人と行った職業の人々にも読まれてきたのだそうです。ですから、素人の私が読んでもいっこうにかまわないわけで、結構わくわくしながら読める本です。内容は、植物の進化を扱っているので、今の進化の説とはちょっと違ったりするそうですが、生物は海から始まり、植物の祖先(?)がなんとか上陸を果たし、長い時間をかけて森になっていくところなど、読んでいてなかなか楽しい本です。実や花の成り立ちや、菌類、海草類のことまで書かれているので、普段目にしない世界もなかなか面白いのだと気付かされます。本の最後には、森林破壊を憂い、人間の貪欲さを警告しています。それでもその原因を招いたのは植物そのものであり、「無頓着な樹木は、まさに自分自身の破滅の種子を蒔いたのである。」のだそうです。

「思い出の昭南博物館 占領下シンガポールと徳川候」(中央公論社)
 シンガポールに暮したことのある人なら、どうしても避けては通れない、第2次世界大戦時の日本軍占領下のシンガポールの記録。ですが、その時代にシンガポールの文化遺産である博物館と植物園を守った、日英の科学者達のお話。お互いに敵であっても、学問は共通で、戦いが終わればいつしか手を取り合うことがあるのだというコーナーさんのメッセージが届きます。
  

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2007年8月 7日 (火曜日)

ブローニュの森の散歩道と歴史

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 パリ西部に広がるブローニュの森は、総面積846ヘクタールの広大な森。パリ東部にあるヴァンセンヌの森と共に「パリの肺」と呼ばれています。森の中には、順化園、ロンシャン競馬場、ローラン・ギャロス、オートゥイユ温室庭園、プレ・カトランとシェイクスピア庭園、バガテル庭園、湖上レストランなどなど、お楽しみ見所もいっぱい。もちろん、森の中の散歩道や、湖の周りを散歩するのも楽しいです。(ただし、森の真ん中を、特に女性は一人で散歩しないでください。)
 アクセスは、パリからなら、メトロ2号線のPorte Dauphineで降りるのが一番便利かも。ブローニュの森の中ほどに行きたいのなら、メトロ1号線Porte Maillotで降りて、バス244に乗ると便利です。また、森の西側に行きたいのなら、メトロ10号線Porte D’Auteuilで降りて、バス241に乗るといいですよ。
 森の真ん中や奥を一人で散歩すると危ないというのは、ブローニュの森は昔から娼婦が商売をするところで有名だからです。(男娼もいるらしいのですが、見たことはないです。)商売の仕方は、森の中ほどを通っている道路にバンを停めて、客待ちしています。森の中だと言うのにハイヒールを履いて、ドレスを着ているので、すぐわかります。ですから、女性が森を散歩する時は、決してハイヒールを履かないように(履いて散歩は出来ないけど)とのことです。ハイヒールが一種のサインだそうな・・・。
 でも、どんな森でも一人歩きはお勧めしません。一人歩きするなら、庭園になっているところや、見通しの良い散歩道で人通りの多いところにしましょう。
(フランス語のアクセント記号は省略させていただいています。)


 halさん、「ラヌラー庭園」の写真はロバだと思います。ブローニュの森にも、リュクサンブール庭園でも、ロバやポニーが子供達を待っています。
P1070907jpgp こちらは、ブローニュの森で見かけたポニーです。ブローニュの森の中ほどを流れる小川(こちらはどうも、ナポレオン3世の時代に人工的につくったもののようです。)の道を歩いてみたくて、7月の終わりにFさんと息子さんのS君を誘って、下の息子と4人でブローニュの森の散歩道を歩きました。森の入り口で見かけたポニー達です。
 息子を乗せてもいいかな~、と思って値段を聞いたら、一時間12ユーロだったのでやめました。
 他の庭園や公園は、もっと安いかもしれませんね。


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 こちらは、馬に乗ってパトロール中の憲兵。よく見かけますし、ブローニュの森の周辺の道路には馬糞が落ちています。(森の中にも、乗馬用並木道があります。)
 蛇足ですが、この間はパリの街中で、インラインスケートを履いたパトロール中の警官がいました。
たしかに、すばやく移動できそうですが・・・。



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 ブローニュの森の中ほどを流れる小川の散歩道は、きちんとコースになっているところですが、森の中には、もっと入り組んだ細い小道があります。Fさん、S君と散歩道を歩いていたら、ヨーロッパミヤマクワガタの頭や羽(鳥か小動物に食べられたのでしょう)をたくさん見つけました。
 下の息子が、生きているミヤマクワガタを見たいというので、数日後の早朝、ふたたび小川の道を歩きました。早朝から午前中は、写真の様に犬を連れて散歩している人や、ジョギングしている人がたくさんいます。

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森の中は、ベリー類がたくさん色付いていました。

 さて、ここからは、色付いた実や小道の写真を見ながら、ブローニュの森の歴史を読んでくださいね。

 2000年程前は、このブローニュの森を含むパリ北西部の広範囲(現在のモンモランシー森林-Foret de Montmorency、サンジェルマン・アン・レ森林-Foret de Saint-Germain-en-laye、シャヴィーユの森-Bois de Chaville、モードンの森-Bois de Meudon)は、ブナ科コナラ属(カシワ、ナラ、カシ)の木で覆われた広大な森林でした。
 フランク王国のダゴベルト1世(629年~639年)は、この森林に住む熊や牡鹿などの獲物を狩っていました。この森林は、フユナラが多く生えていたので「フユナラの森林-La Foret de Rouvray」と呼ばれていました。(「フユナラの森-Bois de Rouvre」はブローニュの森の旧称です。)
P1080195jpgp 時代が下ってフィリップ4世(端麗王:1268年~1314年)が、ブローニュ・スュル・メール-Boulogne-Sur-Mer(北仏パ・ド・カレー県-Pas-de-Calaisのイギリス海峡に面した港町)に巡礼に行った後、この森に礼拝堂を建てました。1315年頃のことです。この礼拝堂を建てたことから、この森はブローニュの森と呼ばれるようになりました。その後、ブローニュの森は、歴代の王達の狩場であり、一般の人々が散策する森でもありました。
 ところが、1727年に当時大変有名なオペラ歌手、マドモアゼル・ル・モールがロンシャンの修道院に引退しました。ここは、現在はロンシャン競馬場になっています。彼女は、カトリックの聖週間(復活祭前の週)にリサイタルを開き、大騒ぎを起こしてしまいます。この不道徳な行いを知ったパリ大司教は、この修道院を閉鎖してしまいました。
P1070909jpgp それでもブローニュの森は 、様々ないかがわしい場所を提供する人気の散歩道として残りました。その当時は、まだ閉ざされた森でしたが、ルイ16世(1774年~92年)が狩猟場を設立したことにより、一般に広く公開されるようになりました。
 フランス革命後1848年、政府の手にゆだねられた森は、1852年にパリ市に譲度されました。
 この時代、ナポレオン3世はフランスの首都パリを再整備し、パリの教区ごとに庭園を造ることに決めました。彼はブローニュの森を整備することにしました。この頃ブローニュの森は革命後の混乱で破壊されていました。また、1814年の連合軍のパリ入城の結果、森に4万人のイギリスとロシアの兵隊が駐屯していたため荒廃していました。
 ナポレオン3世は、この荒廃を整備することを造園技師のヴァレに委ねました。ヴァレは、この作業の指揮を取っていたオスマン男爵の2人のボルドー人の協力者、技師のアルフォンと造園技師のバリレ・デシャンから早急に後任を託されていたのでした。
 シャレーやパヴィヨン、キオスク、レストランなどの建築物、また順化園はガブリエル・ダヴィヨー(1823年~1881年)が手がけたものです。彼は、ロンドンに亡命中イギリス式自然庭園に感銘を受けました。そこで、イギリス式自然庭園から着想を得て、ブローニュの森に少なくとも4万本の木を植えさせました。また、湖や小川を掘らせ、広さ10m高さ14mの滝を整備しました。彼は他に、ラ・フォンテイン、サン・ミッシェル、シャトレの2つの劇場、トロカデロ宮を手がけています。
P1070915jpgp  水は、この目的のためだけにパッシーに掘られた掘り抜き井戸から引いています。ブローニュの森の中の乗馬用の並木道と、全長95kmの散歩道はこの大整備の時に造られました。
 マルセル・プルーストは、子供時代にこの散歩道を散歩したそうです。彼が9歳の時に喘息の発作で死にかけたのも、この散歩道だそうです。


 

 

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2007年7月27日 (金曜日)

マルシェ(市場)

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 木曜日はたいていマルシェ(市場)に行くことにしています。私がいつも行くマルシェは、パリ16区のAvenue de Versaillesで、火曜日と木曜日と日曜日に開かれています。
 私の家の近くには、もうひとつマルシェがあり、こちらは水曜日と金曜日と土曜日に開かれています。マルシェには、Avenue de Versaillesのマルシェのように、道路沿いの歩道にマルシェが開かれる時だけ仮設の屋根を作り、その下に店を出すものと、マルシェとしての建物がちゃんとあるもと2種類あります。
 フランスに来たばかりのころ、マルシェがシンガポールのウェットマーケットのように毎日開かれていないことや、マーケットとしての場所がきちんと確保されているわけではなく、歩道で開かれていることや、シンガポールのウェットマーケットのように騒がしくなく、なんとなく静かなのことにちょっと驚いたものでした。
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 この左の歩道がマルシェが開かれているところです。ここから、ずらっといろいろなお店が並びます。お店は、肉屋、魚屋、八百屋、チーズ屋、お花屋、鍋や日曜雑貨を扱うお店、衣類を売る店など、生活に必要なものは何でもあります。
 ここのマルシェはそう大きいほうではないそうですが、魚屋が4件あることと、BIO(自然農法による作物)の野菜やパンを売るお店があるのが、魅力かな・・・。
 BIOの野菜だけを扱うマルシェが、パリにはあるそうです。遠くから買いに来る人もいて、人気だとか。BIOを扱うお店もブローニュにはあります。
P1070824jpgp  BIOのものは、そうでない普通のものよりちょっと高めで、野菜などは形がねじれていたり不揃いだったりするのですが、気のせいか美味しいような気がします。また、シイタケやチンゲンサイなど、日本の食卓に使いやすい食材を置いてあるので、必ずBIOのお店をのぞくようにしています。
 しかし、今日はどうもバカンスでお休みのようでした。今は、バカンスのシーズンなので、いつもは込み合うマルシェもちょっと閑散としています。
 マルシェに通う理由は、美味しい魚が手に入ることです。フランスは肉の種類が豊富で、しかも美味しいのですが、やはり日本人、新鮮な魚をどうしても食べたくなるものです。
P1070832jpgp  ここのマルシェの魚屋で、よく買うところは、4件あるうちの2件。まず、日本人の好みに合わせてくれていて、刺身用のマグロや鮭が買えるお店。ここでは、マグロの切り身をステーキ風にではなく、さくのように切ってあるので、刺身にしやすいのです。ここのお店では、刺身や、すずきや、ホタテ貝のような、日曜日のちょっとしたご馳走を買うことが多いです。
 もう1件のほうでは、日常のお惣菜やお弁当に使う、アジやサバや、イカを買っています。こちらもお店も日本人に慣れているのか、魚をこしらえてもらう時、「頭は取る?皮は剥ぐ?」といちいち聞いてくれるので助かります。 
P1070844jpgp 日本で言う「3枚におろす」ことを「フィレにして」と頼むのですが、うっかりすると、皮を剥がれてしまって、煮付けにしたいのにがっかり・・・とか、塩焼きにしたいので、「内蔵とうろこを取って」と頼んで気をつけないと、頭を当然のように落としたりとか・・・。
 マルシェのお店の人は、たいてい愛想がよくて親切です。「これ何?」と聞くと、丁寧に説明してくれたり、「これなんて言うの?」と言うと教えてくれたり。
 マルシェが込み合っている時は、ひとつのお店の前で何人も行列を作っています。驚くのは、お店の人が、きちんと並んでいる人の順番を憶えて
P1070830jpgpいて、とばしたり順番を間違えたりしないこと。
 また、並んでいる人も、「あなたが先でしょう。」と言って、順番をきちんと守っています。
 この、左の写真は、地下駐車場からマルシェに出る、エレベーターの出入り口です。
 パリには、大型の地下駐車場があちこちにあります。面白いのは、自転車や傘や、コロ付きの買い物籠を貸すサービスがあることです。有料か無料かは駐車場によって違うのでしょうが、こちらの駐車場は無料で貸し出しています。
 駐車場で自転車や傘や買い物籠が借りられると確かに便利ですね。
 蛇足ですが、こちらで食料品の買い物をする時は、買い物籠が必需品です。エコと言う以前に、買い物籠に入れないと不便なようなシステムになっているのですね。スーパーで買い物をする時など、レジを通ったすぐその場で、どんどん買い物籠に買い物を入れていかないと、狭いレジのスペースに買い物がどんどん溜まっていくだけなのです。日本のスーパーのように、買い物袋に買ったものを詰めるための台は用意されていません。また、ごろごろ引っ張るタイプの買い物籠でないと、重いのです。(瓶物が多いのです。)
 スーパーにはもちろんプラスチックバックと呼ぶ無料の袋があるのですが、日本で言うエコバックがごく安くレジで買えるようになっています。大きめで、丈夫で長持ちするようなエコバックも高めですが(10ユーロ程度です)レジで買えます。どちらでも、好きな方を選べるようになっています。
 コロ付きの買い物籠も布製の丈夫なものや、折り畳みが出来てコンパクトになるもの、籐製の籠で出来たちょっとおしゃれなものなど、いろいろあります。

 

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2007年7月19日 (木曜日)

ナンテールのセーヌ河

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 先月、Tさんに「パリ市内で見るのとはまた違ったセーヌ河の眺めを楽しんで見ましょう。」と、ナンテール市(Nanterre)とリュエイル・マルメゾン市(Rueil-Malmaison)を流れるセーヌ河岸の散歩に誘っていただきました。
 ナンテール市(Nanterre)は、パリの西の郊外に位置しており、オ・ド・セーヌ県(Hauts De Seine)の県庁所在地です。(私の住んでいるブローニュ・ビランクール市もオ・ド・セーヌ県です。)
 ナンテール市と言ってもピンと来ない人にも、ラ・デファンス(La Defence)と聞けば、高層ビルの建つ商業都市を思い浮かべることが出来るのではないでしょうか。パリ市内から西の方を見たとき、パリの低い建物の向こうに、近代的な高層ビルの群れが目に入ります。ここがラ・デファンスで、ナンテール市の東位置し、主要な株式会社の本部が集まっている地域なのです。また、ナンテール市には、パリ地区では最大のパリ10大学があります。
 このように聞くと、ナンテール市は近代化された商業都市のように思われるかも知れませんが、それは、市東部のラ・デファンスのお話。今回Tさんが、案内してくださったのは、ナンテール市を流れるセーヌ河のほとりをリュエイル・マルメゾン市に向かって歩く、自然の緑の濃い穏やかな散歩道でした。
 リュエリル・マルメゾン市(Rueil-Malmaison)には、ナポレンの妻、ジョゼフィーヌの妻が住んだマルメゾン宮殿のあるところです。
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 セーヌ河の眺めです。パリ市内の眺めと随分ちがうでしょう。木々が川岸まで生えていますね。









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川岸にはずっと遊歩道が続いていて、木陰の下を歩いたり、緑の芝生を楽しむ事が出来ます。

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 途中で寄った公園。

 
 

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 こんなトラムも川沿いの道を走っていました。
今の時期は、夜の10時ごろまで明るいのです。人々は、長くて明るい夕方を散歩をしたり、音楽の演奏を聴いたりして楽しんでいるようでした。

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