2008年9月に急性前骨髄性白血病を発症し、治療を始めてから早半年が過ぎようとしている。初発時はかなりの重体だったらしい。
地元の総合病院の救急外来を受診して血液検査の結果、当直医に、
「絶対に家に帰せない。血しょうの輸血をすぐ始めます。」と言われてその病院に一泊し、翌日血液内科のある都内の大学病院に救急車で搬送された。
その時私の血液検査の結果を見た血液内科チームの医師は、
「こんなに白血球数の多い患者を見るのは初めてです。」と、夫に言ったそうだ。
その後薬がよく効き、経過がよいそうで、現在は2回目地固め療法を終わり、3回目地固め療法に備えて自宅療養をしている。
去年の9月の初旬の金曜日、夕食の支度をしていて体の異変を感じた。実は1週間ほど前から「風邪かな?」という症状はあった。しかし、この日の前日から手や足に青あざが急に増えていた。
青あざに加えて、少量の下血があった。最初は生理の中間出血かと思ったが、夕食の支度をしていてはっきり下血だとわかった。これはのっぴきならないと思って、総合病院の救急外来に行くことにした。総合病院までは、歩いてほんの3分程度である。一応診てもらって、なんともなければすぐに帰ってこれると思って、料理の途中の食材を放って、
「ママは、ちょっと体が変だから、病院に行ってくるね。」と、テレビを見ていた二男に言うと、バックを掴んで救急外来へと急いだ。
この時の判断が自分を救ったのだと後から主治医に言われた。あと2、3日治療が遅れていたら危なかったそうだ。
ともあれ、これが長い入院生活への始まりだった。この時の格好、持ち物もそのままで入院し、大学病院へと運ばれた。
入院生活が始まってから、救急外来へと急いだ夕方の道を思い出し、あの時私は、パラレルワールドへ迷い込んでしまったのではないか、本当の私は別の世界にいて、それまで通りの日常生活を送っているのではないかとよく思ったものだった。
冒頭の写真のくまのぬいぐるみは、入院中のお守りにベッドの枕元にいつも置いているものだ。
都内の大学病院の血液内科に入院してから、夫に身の回りの物をいろいろ持ってきてもらった。夫が、ごそごそと紙の手提げからくまのぬいぐるみを2匹も出した時は、「何でわざわざくまのぬいぐるみを?」と思ったのだが、小さいほうのくまは、二男が特に持って行くと言い張ったというので、「ありがとう」と言って置いてもらった。
大学病院に入院すると、すぐに血しょうの輸血、血液製剤、抗がん剤の点滴治療が始まった。
私の病気のタイプ、急性前骨髄性白血病(AML・M3)は、症状が軽いとベサノイドという飲み薬の内服で、最初の寛解導入療法を始めるそうだが、私の場合、白血球数が多すぎベサノイド内服を始めるまで、抗がん剤の治療をしなくてはならなかった。
治療は最初は効果があまり出なくて、最初7万だった白血球数は11万に上がってしまった。血しょうの輸血は、最初6単位、それから10単位、14単位とどんどん増えていった。このころ、主治医は夫にはかなり厳しいことを言ったそうだ。
こうなると、自分の体もかなりしんどい。息子の持ってきたくまのぬいぐるみを枕元に置いて見つめながら、薬が効き白血球数が下がるのをひたすら願った。
2枚目の写真のネコの置物は、やはり二男がネコカフェ(二男も私も猫が好きだ)で買って来た病気平癒のお守りだ。
ネコの隣は、私の抜いた奥歯だ。2回目地固めの時高熱が出てしまった。化学療法のため白血球数が下がり、免疫力が落ちていた時にこの歯の根元に以前からあった炎症による菌のせいで熱がでたんだそうだ。
次の地固め療法のため、抜いておかなければいけないと主治医にも口腔外科の先生にも言われ抜いた。
2回目地固め療法の終わりに、白血球数と体力が回復してから口腔外科で抜いたのだが、抜いた後の痛さと、まだ十分使える歯を抜いてしまったことでだいぶ気落ちした。
いつもいろいろ話かけてくれる血液内科病棟の掃除のおじさんに、泣きべそをかきながら歯を抜いたことを話したら、
「皆、治療で歯を抜いたりするんだよ。よくなるためなんだよ。」と言ってくれた。
だから、この歯も私のお守りである。
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